「精神病院のない社会をめざして バザーリア伝」が出版されました

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心のバランスを崩した場合、イタリアでは本人の望みを最優先しながら治療が始められます。有無を言わさぬ長い入院や薬漬けが世界でも並外れて多い日本とは、だいぶ違います。というのも、心の病には、入院や服薬よりも、本人の「自由」が一番大事だという考えが、イタリアにはあるからです。それは社会の「建前」でも個々人の「心がけ」でもなく、「本音」「本気」として根付いており、精神保健に関するイタリアの法律に明文化されています。そしていまのイタリアには、公立精神病院はゼロ、その代わりに町中に配備された病院臭のしない家のような精神保健センターが治療から予防までにいたるまでを対応、治療費は全額無料、そして地域によっては24時間年中無休で対応してくれます。しかも病院中心の仕組みの時代に比べて、運営費用の大幅な削減につながりました。心の病に取り組むサービスの質をあげた一方、それにかかるコストの削減にも成功したのです。

しかしこうした考え方と仕組みは、最初からイタリアにあったわけではありません。それは息の長い取り組みと多くの人々を巻き込んだ説得の産物でした。心病む人の欲求を根幹に置いた精神保健の考えと仕組みを根付かせたのが、本訳書『精神病院のない社会をめざして バザーリア伝』の主人公フランコ・バザーリアという精神科医でした。この人がどんな人なのか、なぜ精神病院はいらないのか、どうやってそのような社会を実現したのか。そうしたことが、彼と二人三脚で改革に協力し、決定的な役割を果たしたトリエステの政治家ミケーレ・ザネッティを通じて、この本には詳しく書かれています。

多くの人に手に取ってもらえるように、できるだけ訳文を読みやすくし、写真も多く載せてイメージがしやすいようになっています。補遺には、バザーリアの全著作リストとバザーリア自身による文献解題がついています。

自分や自分に取って大切な人がたとえ心のバランスを崩したとしても、その本人もその周りにいる人たちも、ふだんの生活や仕事を続けながら治療できればいいのにと思う人は、ぜひ本書を手に取ってくださればうれしいです。

訳者 鈴木 鉄忠


平成28年9月13日、岩波書店から『精神病院のない社会をめざして バザーリア伝』が刊行されました。本書は、《精神病院のない社会の実現》をめざして、生涯を賭けて闘いぬいたイタリア人精神科医フランコ・バザーリアの伝記となっています。

イタリアの北東部にあるパドヴァ大学で、精神医学の研究に励んでいた新進気鋭の研究者バザーリアは、1960年代になってマニコミオ(イタリア語で精神病院を指す俗語表現)を初めて目にし、その惨状に大きなショックを受けました。そこから、イタリアの精神保健は、大改革に向けて動き出すことになりました。
そのイタリアの精神保健改革の立役者の一人が、他でもない本書の主人公で精神科医のバザーリアです。そして、もう一人の立役者が、この伝記の著者であるミケーレ・ザネッティでした。当時、ザネッティはイタリアの北東部にある国境の町トリエステの県代表の立場にある政治家で、改革を始めるにあたって、バザーリアをトリエステに呼び寄せ、彼をサン・ジョヴァンニ精神病院の院長に据えた人物でした。その後、ザネッティとバザーリアの二人は、二人三脚でこの大改革を推進していくことになりました。

イタリアの精神保健改革で目指されたのは、精神病院を縮小することでも、精神病院を改良することでもありませんでした。そこで目指されたのは、精神病院を完全に撤廃することでした。精神病院に関して、バザーリアは、患者たちの「治療のための施設」ではなく、病をかえって悪化させる「暴力の施設」であるという認識をもっていたからです。
精神病院の撤廃は、1978年に制定された、「精神病院の新たな建設」と「精神病院への患者の新たな入院」を禁止した法律180号法(通称バザーリア法)によって、さらに推し進められました。精神病院の撤廃にともなって、治療の場は地域に移されることになりました。地域には治療の拠点として精神保健センターが開設され、「24時間、365日オープン」の活動が開始されました。また、こうしたトリエステの取り組みが、WHOによって「精神保健のパイロット地区」に指定されたことも、改革を進めるうえでの大きな後ろ盾となっていました。

本書では、こうした精神病院の廃絶に向けた道のりが、バザーリアの生涯をたどりながら、克明に記録されています。写真やコラムも豊富で、当時の精神病院や改革に参加した人物たちの様子をうかがい知ることもできるようになっています。
また巻末の「補遺」として、バザーリアによる書誌解題も収録されています。バザーリア自身が自分のすべての著作に解説や註釈を加えたもので、彼の思索の道のりをたどることができるようになっています。バザーリアの著作の包括的な紹介は本邦初であり、今後のバザーリア研究にとって大変に貴重な資料です。

訳者 大内紀彦

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