トリエステ精神病院は「病床転換」をした?

かつての院長邸宅は、広大な県立精神病院の中心に位置し、院長の権威の象徴でもあった。バザーリアはこの建物を入院患者のグループホームにした。壁には『自由こそ治療だ(La liberta’ e’ terapeutica)』という有名な落書きが書かれている。数年前の大規模な修繕工事で落書きは消されてしまったが、その精神はいまもトリエステで引き継がれている。

バザーリア亡き後にこのグループホームはどうなったのか。1980年代半ばにジャーナリスト・大熊一夫さんとともにトリエステを訪れた精神科医・石川信義さんの著書に、次のような箇所がある。

「病院の中央に、カサ・ローザ・ルクセンブルクと呼ばれるかつての院長公邸がある。豪壮な建物で、貴族の館かと見まがうばかりだ。こんなに大きな屋敷では、もと院長は使用人の10人も使っていたに違いない。バザーリアは着任早々、この院長公邸を開放して、患者の社会復帰訓練施設に使用したという。いま、ここには、30人の年老いた女性オスピテが住んでいる。シャンデリアきらめくサロン、ゆったりした居室、それにふさわしいおしゃれをして、彼女らも幸せそうだった」(『心病める人たち―開かれた精神医療へ』岩波書店、1990年、141-142ページ)

さて、いま日本では、精神病院の空いたベッドを認知症患者に転用する計画が議論されている(厚生労働省障害保健福祉部「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」)。病床転換をめぐっては、「トリエステだって、病院の敷地を居住施設にしたではないか」と話す人がいるという。

もし本当にトリエステのようにするのならば、院長室から入院患者の居住施設にするという意味である。そして「患者」ではなく「ゲスト住民」として法的に区別し、地域生活を始める上で必要な住居・食事・医療サービスを無償でうけられるような個別給付制度(トリエステでは「歓待」という内規)をつくるということである。そして「ゲスト住民」が自分の家のように自由に出入りできるようにするということである(「歓待」については、『精神病院のない社会をめざして バザーリア伝』p.120)。

トリエステの「病床転換」というのは、バザーリアが明け渡した院長公邸のように、「シャンデリアきらめくサロン、ゆったりした居室、それにふさわしいおしゃれをして、彼女らも幸せそうだった」といえるような環境に「社会的入院」患者が住むということである。それが最低限の求められる改革の水準となる。当然、これまでの入院病棟をそのまま居住施設に転用することなどは、論外である。「トリエステも『病床転換』をした」という人たちは、院長室や理事長室のカギを最初に譲り渡すぐらいの覚悟で進めるということだろうか?

 

旧院長公邸

2007年4月12日 撮影:鈴木鉄忠