シンポジウム「強制入院の不条理」の印象記 その一

去る2017年10月9日の体育の日、秋晴れとなった東京では、「日本のMattoの町をどうする!」と題した上映会イベントとシンポジウムが行われました。午前の部では、ジャーナリストの大熊一夫さんが初監督をてがけたドキュメンタリー映画「精神病院のない社会」が初上映されました。午後の部では、シンポジウム「強制入院の不条理」が開かれました。大熊さんの映画については同サイトのドキュメンタリー映画上映「精神病院のない社会」で紹介しましたので、ここでは午後のシンポジウムの白熱した議論の一部を紹介したいと思います。
シンポジウムの司会進行を務めたのは、日本障害者協会代表の藤井克徳さんと精神科医でメンタルヘルス診療所しっぽふぁーれを運営する伊藤順一郎さんのお二人。登壇された以下の5名の方々は、ジャーナリスト、マスメディア、当事者、支援者、研究者というように、幅広い立場から集まり、それぞれの体験と観点から貴重な報告がなされました。

大熊 一夫(ジャーナリスト) 精神病院の怖さは今も昔も変わらない
時男さん(長期入院経験者) 『60歳からの青春』を喜んではいられない
長谷川 利夫(杏林大学) ニュージーランド青年身体拘束死は語る
増田 一世(やどかりの里) 隔離収容型の精神病院の終焉を!
佐藤 光展(読売新聞記者) 石郷岡病院事件は日本の精神病院問題の象徴

登壇者が多いシンポジウムは、さまざまな意見が聞けるメリットがある一方で、ともすれば議論があちこちに飛んで収拾がつかなることも少なくありません。しかしそこは開会のあいさつをされた藤井克徳さんの名司会のおかげで、心配無用でした。藤井さんはこの集まりの目的を2つに絞りました。ひとつは「日本の精神科病院の実態をあらためて共有すること」、もうひとつは「現状を変えるための勇気を持つこと」。ここではこの2点に焦点を絞ってふりかえりたいと思います。
まず日本の精神科病院では、いま何が起こっているのか。このシンポジウムを通じて、3つの「不条理」な実態が浮かび上がりました。
第1は、身体拘束という不条理です。医療行為という名のもとに、入院患者への不正な身体拘束が繰り返し行われている実態を伝えるものでした。この点は、『精神科医療の隔離・身体拘束』(日本評論社、2013年)の著者であり、杏林大学の長谷川利夫さんがニュージーランド青年の身体拘束死の事件を取り上げました。2017年の4月末、日本語教師として来日していたニュージーランド国籍のケリー・サベジさん(27歳)は、そう状態がすでに落ち着いたにもかかわらず、神奈川県の精神科病院に措置入院させられ、身体拘束の後に、帰らぬ人となりました。その後、遺族が身体拘束をめぐる実態調査と現状改善を求めて訴えを起こしました。しかし病院側はカルテの開示請求に対して、「閲覧のみ」で「謄写」は不許可。しかし7月19日、厚生労働省での遺族の公開会見の最中に、病院側から「カルテ開示」の連絡が入った、と長谷川さんはいいます。さらにその後、カルテと看護記録を比べると、両者の記載内容があまりにも異なり、「いずれかが事実に反した記述を行っている可能性が高い」といいます。続けて長谷川さんは、事件の背後には、①たとえ患者が暴れていなくても身体拘束が行われていること、②患者が静穏な様子にもかかわらず身体拘束が解除されないこと、③何か事件や事故があったとしてもカルテが開示されないこと、という問題を指摘されました。こうした事態にもかかわらず、国は「神奈川県からは法的問題はなかったと報告を受けている」と静観の立場だといいます。
同様の身体拘束の不条理がこれまでも起きていることを伝えたのは、『精神医療ダークサイド』(講談社現代新書、2013年)のなかでもこの点を訴えてきた読売新聞社の佐藤光展さんでした。佐藤さんは、千葉市の精神科病院「石郷岡病院」で起きた事件を伝えました。2012年1月、石郷岡病院に入院していた青年が准看護師2名から力づくで押さえつけられ、頸椎損傷や全身まひを残す大けがを負いました。被害者家族は異変に気づき、すぐに千葉県警に通報。保護室の防犯カメラ映像を入手すると、そこには准看護士が青年の頭部を足で3発踏みつけているような映像が記録されていました。動画はマスメディアやネットでも報じられました。しかし、警察は動かず、被害者の青年はそれから約2年後に亡くなられました。ご遺族の働きかけが実り、2015年7月に関与した准看護士の2名は傷害致死の容疑で逮捕されました。しかし千葉地裁の裁判員裁判で、准看護師らは「(事件を)思い出せない」と証言。強引におむつをはかせる、静穏にしている患者を引きずる…裁判ではこれらが「看護行為」とみなされたといいます。暴行現場のビデオ動画は証拠として重視されないまま、2017年3月、千葉地裁は准看護師1人に罰金30万円、1人に無罪の判決を言い渡したのです。その後、検察側は控訴し、今後は東京高裁で争われます。佐藤さんはこの事件を伝えようとする中で、「被害者となった青年は、そもそも本当に病気だったのか?」と疑問を投げかけました。どこにでもいる大学生の青年が、ちょっとした気分の落ち込みで精神科にかかったところ誤診され、体に合わない薬を服用した影響で身体に異常をきたし、院内暴行で半身不随となり、帰らぬ人となってしまったのです。

ニュージーランド国籍の青年の身体拘束死をきっかけに、長谷川利夫さんが代表となり「精神科医療の身体拘束を考える会」が立ち上げされました。また身体拘束の実態について、司会進行をつとめた伊藤順一郎さんもかかわっているNPO法人コンボがアンケート調査を行っています。
さて、身体拘束の不条理に加えてあがったのが、強制入院という不条理です。この第2の不条理は、40年ものあいだ入院を経験し、2011年3月11日の東日本大震災・福島第1原発事故によって、福島県の精神科病院から院外に避難することになった時男さんでした(この詳しい経緯は、織田淳太朗さんの『精神医療に葬られた人びと―潜入ルポ 社会的入院』2011年、光文社新書、そして2014年6月10日のNHKハートネットTV「60歳からの青春―精神科病院40年をへて」)。時男さんは、入院時におこなっていた「作業療法」のお話しをされました。「朝から夕方まで8時間、病院のすぐ近くにある養鶏場で8時間働きました。この作業は、院外活動を認められた入院患者だけが許可されました。いつも10人くらいでいっしょに働きました。それで1日に800円がもらえました。しかし年に一回の団体旅行の積立金として、400円を徴収されました。なので手元に残るのは400円だけでした」。8時間の養鶏場での肉体労働で時男さんたちが受けったのは一人当たり800円とすれば、残りの労働対価は誰のポケットに入っていたのか、この作業療法はいったい誰にとっての何のためのものなのか、と問わざるをえません。
第1と第2が力づくの不条理だとしたら、次の第3はより見えづらい不条理です。それが「重度かつ慢性」という概念の誕生です。これは1年以上の精神科病院の入院患者に対して、ある種の操作的定義によって精神科医が下す線引きであり、もし「重度かつ慢性」に括られると、退院困難と判定されるものです。この基準だと、1年以上の入院者の6割が「重度かつ慢性」に括られることになります。なお厚生労働省の公開資料によると、この「重度かつ慢性」の概念は、2013年から2015年に2700万円余りの研究予算を投じて実施された同省の科学研究費の調査データ(研究代表者・帝京平成大学・安西信雄教授)によって根拠づけられ、その後に基準案が作成され、2016年に政策化されていきます。ちょうどこの時期は、厚生労働省が「精神医療保健福祉の改革ビジョン」で7万2千人と推定した「社会的入院患者」を2014年までに解消するという宣言がとん挫したときに符合します。それゆえ「なぜ入院患者が減らないのか?」という問いに対して、「それは「重度かつ慢性」だからです」という「科学的な回答」が新たにつくられたといえます。なおこの点の経緯と疑問については、山梨学院大学の竹端寛教授が「シノドス」のなかで詳しく解説しています。
長谷川利夫さんは「重度かつ慢性」という概念の誕生によって、「社会的入院」という現実が消し去られようとしている、と警鐘をならしました。さらにこの概念を編み出した研究班のなかに精神科病院の運営者が含まれており、病院経営の安定のために一定の入院者を確保する利益相反の問題があると指摘しています。やどかりの里の増田一世さんは報告のなかで、「「重度かつ慢性」という概念は、病院の中で測定されるものだが、そもそも病院のなかで退院の可否を測れるのか」、さらには「これはいったい誰のための指標なのか? 何のための指標なのか?」と、当事者の気持ちを代弁して問いかけました。
以上をまとめると、第1に身体拘束、第2に強制入院、第3に「重度かつ慢性」概念――これら3つが現在の日本の精神科医療における不条理な実態として、今回のシンポジウムから浮かび上がったことです。

第1と第2は「物理的な暴力」に基づく不条理であり、第3は「象徴的な暴力」による不条理といえます。社会学的に言えば、これら二つの暴力を握っているの唯一の存在が国家です。そしてその根幹にあるのが「精神科特例」です。いまから半世紀以上も前の1958年、厚生省が事務次官通達として出した「精神科特例」は、精神科病院の運営には一般病院よりも少ない医師や看護師を配置し、医療費も定額に抑えることを定めました。増田一世さんは「精神科医療は危機に陥っており、変わらざるを得ない状況に来ていると思います。それにもかかわらず精神科特例はいまだに廃止されていない。内部から廃止しようという声も出ない。早くこれを止めるべきでは」と問題提起されました。大熊一夫さんが「日本の30万人の入院患者をどうするのか。あらためて問いたいです。30万人の一人ひとりの置かれている状況がほとんど語られません。まずは厚生労働省が「間違っていました」と認めるべきではないでしょうか」と話したとき、会場から自然と拍手が起こりました。報告で浮かび上がった3つの不条理と、それを根幹から支える精神科特例という過去の不条理――この現在と過去の不条理の構図が、シンポジウムの5名の報告を通じて明らかになったのです。

もしバザーリアがこの場にいたならば、これは「平和に潜む犯罪」だと言うのではないかと思います(『バザーリア講演録 自由こそ治療だ!』岩波書店、2017年、221頁)。戦争状態や有事のときに行われるような人権侵害が、まさに平和や平時といわれるときに閉鎖的な病棟で日々行われているのです。

ではどうしたらこうした現状を変えることができるのか。これについては、印象記のその2で報告したいと思います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA