イタリアの新聞に紹介されました!”Arriva in Giappone la rivoluzione di Franco Basaglia” nel IL PICCOLO di Trieste

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トリエステの地方紙『イル・ピッコロ』に本書が取り上げられました!(2016年9月3日文芸欄35面)

新聞記事のPDFデータです→articolo-basaglia

以下が記事の全訳になります。

「フランコ・バザーリアの改革が日本にやってくる」

精神科医バザーリアの伝記(原著者ミケーレ・ザネッティ/フランチェスコ・パルメジャーニ)(邦題『精神病院のない社会をめざして バザーリア伝』)が、9月13日、日本で発売される。

「まもなく、フランコ・バザーリアは日本をも席巻する。9月13日には翻訳が日本の書店に並ぶ。ミケーレ・ザネッティ氏とフランチェスコ・パルメジャーニ氏が著した『バザーリア ある伝記』の初邦訳である。(2007年、Lint Editoriale刊)。二人の研究者、鈴木鉄忠氏と大内紀彦氏が翻訳した。彼らは長くトリエステに滞在した経験があるが、その間にバザーリアの改革の成果にふれ、また同書の中心的な著者であるミケーレ・ザネッティとも個人的に知り合う機会があった。この度、ザネッティ氏は彼らの邦訳を承諾するとともに日本語版序文を書き添えている。

(両訳者)「前世紀、イタリアでは精神医療制度のラディカルな改革が行われました。それを紹介するには、この度の翻訳は不可欠です。この翻訳でイタリアの具体的な事例を示すことで、日本の精神医療制度の改革に一石を投じることができればと願っています。」

(社会学者の鈴木鉄忠氏)「世界を見わたしたとき、実際の問題として日本の精神医療はとうてい正常とは言えない状況にあると言えます。」

精神保健分野の輝かしい一例として、とくにバザーリアの活動にかんして、日本がイタリアを参照するのは初めてではない。この分野では、今回の翻訳に先立つものとして、ジャーナリストで作家の大熊一夫氏の仕事がある。180号法(バザーリア法)の施行の知らせが日本に届くと、大熊氏は1980年代半ばから取材を開始した。大熊氏はバザーリアの元の協力者たちと次々と出会う機会をつくりながら、イタリアそしてトリエステに何度も足を運んだ。そして、著書『精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本』の刊行によって2008年にバザーリア賞を受賞した。

この度の邦訳にも大熊氏の後押しがあった。実際、訳者あとがきには、「ジャーナリストで第1回のバザーリア賞の受賞者である大熊一夫氏には、この翻訳に際して、とてもお世話になりました。翻訳を勧めて頂いたのも大熊氏でしたし、日本の読者に向けた推薦文も書いて頂きました。」と記されている。

なぜこの書物の翻訳を決めたのですか。

(大内氏)「バザーリアについては、すでに幾つかの論考が出版されています。しかし、本書は、バザーリアと直接的な関わりをもっていた人物によって書かれた初めての伝記です。翻訳を通じて、日本の読者には初めて、バザーリアの伝記的な側面、当時を物語る写真資料、バザーリア自身による漏れのない文献目録(巻末の補遺として収録)を紹介できると思います。」

(鈴木氏)「バザーリアもザネッティも繰り返し述べているように、トリエステのモデルは、異なる社会的な文脈のなかでそのまま再現できるものではありません。日本社会が抱える精神医療の課題に取り組むには、私たち自身のモデルを創り上げなければならないのです。精神医療改革を推進してゆくためには、その前提として私たちが持っていなければならない倫理原則があるはずです。それは、精神病を患っている人々の自由、尊厳、そして様々な権利を尊重するという倫理です。これらはイタリアの精神医療の変革についての証言から学ぶことができる、私たちが耳を傾けるべきメッセージだと思います。」

(大内氏)「バザーリアの改革の要点は、全制的施設の“内側”と“外側”を隔てている壁を破壊したことにあります。この壁は、単なる物理的な障壁ではないのです。「市民」と「障害者」、そして「健康」と「病」を分け隔てている、社会的な障壁なのです。また、私たちの一人ひとりの心の内側にある壁であり、「狂気」から「正常さ」を分け隔てている壁なのです。改革の最終的な目標として、バザーリアはマニコミオ(精神病院)の解体を掲げながら、包摂的な社会の実現を目指しました。そうした社会では、市民の誰もが狂気を自分自身の一部とし、狂気とともに生き、そして、狂気を否定することなく受け入れ、我が身の一部とするのです。狂気は、当人にとっても他者にとっても、決して危険なものではありません。人間であることの一つの条件なのです。私たちの誰もが、こうした矛盾と共存していく方法を見出す必要があるのです。おそらく、これが、フランコ・バザーリアが私たちに残したもっとも重要なメッセージだと思うのです。今日でもなお、とりわけ日本では、この課題は未解決のまま残されています。」

(ミケーレ・ザネッティ氏)「二人の訳者について、とりわけトリエステをめぐる状況について、何年にもわたって関心を持って調査を続けている鈴木鉄忠氏とは、これまでにいくども連絡を取り合い、また出会う機会もありました。日本での出版に際して、数日後にはトリエステで彼と再会することになっています。この伝記を邦訳したいという希望を訳者二人から伝えられた時には、彼らの助けとなれることをとても嬉しく思いました。」

(原著者)            “身近で見つめた1970年代の夢”

「『バザーリア ある伝記』の著者ミケーレ・ザネッティにとって、世界の遠く離れた国で自身の著作が初めて日本語になって世に出ることは、大きな喜びである。というのも、1970年代当時、県代表の立場にあり、マニコミオの閉鎖に向けてフランコ・バザーリアの闘いを全力で支援していたのは、まさしく自分自身だった。この著作で語られている勝利は、自身のものでもあった。日本語版のために書かれた序文のなかで、原著の著者が強調しているのは、自分は文才には恵まれていないとしつつも、トリエステの精神病院の指揮をとるべくバザーリアを呼び寄せたこと、7年間ほぼ毎日バザーリアとともに働いたこと、二人は親友といえる間柄になったということだった。そして、改革が行われた時期、自分が目にしたこと、身をもって経験したこと、理解し得たことを証言として書き残しておきたいと思った。この伝記が訳され日本に紹介されることは、自身にとって大変に光栄であり、この書物を書いた苦労も報われる。」

“日本の私立精神科病院が優先するのは利益である。”

訳者の一人で社会学者の鈴木鉄忠氏は『バザーリア ある伝記』の邦訳のあとがきで、次のように記している。「今日、日本の精神科の病床数は30万床を超えています。この数は人口比でも絶対数でも先進諸国のなかで最大規模なのです。驚くべきことに、約1億2700万人の人口の日本に、全世界の精神科病床の総数の約5分の1が集中するという計算です。それだけではありません。精神科入院の平均在院日数は約300日となっており、この数字はOECD諸国の平均である36日に比べて桁外れに長いのです。また、本人の意思に反した強制入院の割合も国際的にみて極めて高いというのが現状です。」

最近の30年では、精神科病院の病床数はすべての先進諸国で減少している。しかし、日本は例外で、その数は劇的に増加してきた。精神科病床の約9割が私立精神科病院によって運営されており、そこでは患者の生活よりも利益が優先される。ほとんどの精神科病院には医師とは異なる経営者がいるが、病院を監督する精神科医と経営する人物が同一であることもある。利益は入院患者の数にそのまま比例するため、病床は常にすべて埋まっている必要がある。そのため病床はアルツハイマーの患者や高齢者に転用されることも珍しくなくなっている。

訳者の一人で日本では障害児のための特別支援学校の教員をしている大内紀彦氏は次のように強調する。「1970年代以降、日本の精神医療サービスのあり方に対しては、再三にわたって世界保健機関やその他の国際機関から厳しい目が向けられてきました。2004年になって、国はこれまでの病院中心の精神医療政策から、地域密着型の精神保健サービスへの新たな改革方針を打ち出しました。しかし、それから10年余り経過しましたが、入院中心のモデルはほとんど変わらないままの状況が続いています。そうした背景には、改革を実行していくことに対して消極的な行政の姿勢があり、さらに私立精神病院の公然たる反対があるのです。」

(イタリア・トリエステの地方紙『イル・ピッコロ』2016年9月3日掲載。記事執筆ジューリア・バッソ)

(日本語訳:大内紀彦・鈴木鉄忠)